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よく遊びに来るので娘もすごく懐いていて、「お姉ちゃんが ママになってくれたらいいな」とか言ってる(本人の前では 言わせない)。そのたびに「お姉ちゃんは、パパなんかより もっと素敵な男の人と出会って結婚するよ」と言うと、娘は 「そうだよねー」と笑いながら、ちょっと残念そうに言う。 俺も悪くは思っていない。むしろ大好きだ。とても気立ての 良い女性で、娘にも優しいし、危ないことをしたときなんかは 毅然と叱ったりもしてくれる。結婚すれば良い家庭が築けるんじゃ ないかとは思う。 でも踏ん切れない。結婚すればいつかは別れが来るわけで、 もうあんな悲しい思いをするのは嫌だ。俺が先に死ねば問題 ないのかも知れないけど、相手にも悲しい思いをさせるのかと 思うと再婚には踏ん切れない。何より、俺には娘がいないし、 結婚すらしたことがない。その相手だって空想の産物だ。 無職だし、今日こそは部屋から出なきゃとは思っているんだけど。 PR |
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昼休み、友達みんな集まって体育館でバスケとかしてるのに、俺はいつも図書室で本を読んでた。
図書委員の仕事は放課後だけなので、俺以外誰もいない図書室は静かだった。 けど、ある日校長先生が図書室にやってきた。 度入りサングラスかけた強面だけど優しくておっとりとした口調の校長先生。 校長先生は休み時間中に教室巡回して生徒のことを色々見ていたらしい。 今まで俺の読書の邪魔をしちゃダメだと思ってそっとしておいたんだけど、 俺が友達と遊んでる姿をあんまり見ないから心配になって声をかけたんだって。 何故そうなったかはわすれたけど、それから俺は昼休みに図書室で校長先生のお話しを聞くのが日課になった。 昼休み以外でも会いたくて、朝の会前や放課後に校長室にお邪魔したことも何度かあった。 校長先生は自分の昔話とか、礼儀作法とか、国語算数理科社会の勉強など、ジャンルを問わず色々話してくれた。 俺のした質問にもわかりやすく答えてくれた。 「知ること」が好きな俺は、校長先生とお話しできる昼休みの時間が大好きだった。 でも、小4のとき校長先生が転勤になった。 お別れ会の時に便箋10枚分の手紙を渡したら、校長先生も俺に分厚い手紙をくれた。 手紙の最後の方に「これからは校長先生じゃなくて、友達とたくさんお話しするんだよ」と書いてあった。 読んだその日は一日中泣きまくった。 |
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でもなぜか、不思議と、中学生になったらピタっと涙が止んで、
ホントに全く泣かなくなって、 アレ?、俺、涙出過ぎて、こりゃ枯れたんだな、と思った。 高校生になっても、それは変わらなかったし。 俺の高校は、県下有数と言われる進学校だった。県立だけどね。 1つ下のランクとされる高校は2年前くらいに選手権に出場していて、 迷ったんだけど、俺は結局、そこには行かなかった。 オヤジからは、「高校は4年間(浪人含め)でいいから、 サッカー思いっきりやっていいぞ」と言われていた。 オヤジは、「俺もそうだったから」という理由で俺を、 中学生を卒業した春休みから、いきなり車でその高校へ連れて行くと降ろして、 「よし、今日から部活、やってこい」と放り出しやがった(笑) で、そこから俺の高校サッカーが始まった。 |
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母が逝った
ホントあっと言う間だった。 風邪は万病の元? 皆そう言うよね。思い知ったよ。 確かに風邪はひいてたよ。 だが1月1日朝洗濯物干してたのに3日の朝には冷たくなってた。 救急車呼んだよ。乗せるまでもねぇとよ。死後7時間くらいたってるかもだと バカ言ってんじゃねぇ! その時間は覗いて呼吸音確認してんだよ! そのまま警察呼んで、検死してもらったよ。 死因不明?ホントそう書いてあんだぜ、会社への連絡表に死因記入する際なんて書くか途方にくれたよ。 連絡する人する人皆絶句、親戚連中も飛んできた。皆同じ事を言う。「信じられない」と 一番信じられないのは俺達家族だ。あと本人もかも、多分絶対分かってねえと思う。 |
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『プーリキュッアー♪プーリキュッアー♪プーリキュッアー♪プーリキュッアー♪ プーリティーでー♪キューアキューアー♪』
『ふーたりーはー♪』 「 プリッキュアアアァーーー!! 」 ほぼあらん限りの声で絶叫する俺。 ひとつめの「ー」のあたりで、バックミラーに映った女の子と目が合った。 そう俺は家の近くまで友達の女性を送っていく途中だった。 電車ない時間だったし家も同じ方向だからハイになってたのと、いつも車運転するときの習慣と、女の子がかなり酔ってて静かだったのと、相乗効果でそれを忘れていた。 未知の生物を前にして明らかに怯えている女の子、脂汗ドロドロの俺。 絶句 |



